大人が思っている以上に、子どもは人なんだ vol3 ー全介助が必要な子どもとの暮らしー

チャーミングケア ラボで連載している「大人が思っている以上に、子どもは人なんだ」の第3弾として全介助が必要なお子さんのケアをしながら病児服などを扱うECサイト「パレットイブ」を運営している奥井のぞみさんに寄稿していただきました。

親の目線、きょうだい児の目線

24時間人工呼吸器管理、胃ろう、導尿・ナイトバルーン、全介助が必要な伊吹(小2)と、次男(小1)を出産するまでの葛藤。そして、きょうだい児として育つ次男にとって障がいを持つ兄はどう映るのか、本人に聞いてみました。

夫からのひとことで、初めて自分の姿に気が付いた

2010年6月、原因不明の出産事故により、伊吹はピクリとも動かない障がい児になってしまった。

なにがいけなかったのか

なんで私はうまく産めなかったのか

出てくる言葉は、なんでなんでなんで。いつまでも自分を責める私にしびれを切らした夫が言った。

 

夫「いつまで悲劇のヒロインぶってんの。一番かわいそうなのは伊吹だよ。」

私「…産んでもないくせに、何がわかるの!!」

しかし、時間が経つにつれ「こんな体に産んでごめんね」と思う回数が減ってきた。

この言葉は自分ことしか考えてない言葉だと思えてきた。

一番「なんで?」と思っているのは伊吹本人かもしれない。

いくら自分を責めても、健康だった伊吹の体は戻ってこない。

伊吹と私たち夫婦の遺伝子検査の結果は、誰にもなんの問題もなかった。

医師「次はほぼ健康なお子さんを望めます。」

緊急帝王切開になった私のお腹には、縦に手術の痕が残っていた。

医師の言葉で、確信した。

私たちには問題はなかった。…次は絶対健康な子どもを産む。

衝撃の事実

世の中にはVBAC(帝王切開で出産後に、次の出産するときに経腟分娩で出産をすること)という方法があるらしい。ネットで経験者の話を読んでは期待し、母子ともに高リスクを負う出産方法であることに恐怖を感じた。

そんなことよりも次は絶対普通分娩で!!変な使命感が私にはあった。

だって、私たちにはなんの問題もなかった。だから普通に分娩ができるはず!

伊吹を出産して1年が経過し、第二子を妊娠した。

「よっしゃ、絶対できた!!!」(直感)

病院に行ったらだいぶフライングをしていたようで翌週に持ち越しになったが、その後無事に妊娠が確定した。

そんな矢先、自宅に分厚い封筒が届いた。

産科医療補償制度の原因分析の報告の書類だ。

難しい医学用語の中に「子宮下節の菲薄化」という言葉を見つけて血の気が引いた。

妊婦健診に書類を持って行き「これはどういう意味ですか?」と産科医に聞いた。

産科医「本物(原因分析の冊子)初めて見たな~!こんなんなんだー!」

(いやいやいや、関心せんで答えてください。)

産科医「そうですね、子宮壁の一部が薄くなっていたということですね。」

VBACなんて無理だ。

だけど、次の子どもを産める体を残してくれたことに心の中で感謝した。

そして、帝王切開にて次男が誕生。

が、オペ室で取り上げた次男の鳴きが悪い。テレビで見て感動のご対面と違う。

オペ執刀医「N(NICU)の先生呼んできてー!」

横目で見える赤ちゃんの血色が明らかに悪い。伊吹の介護のおかげで、私の知識レベルが上がっていた。

カンガルーケアはいらないから、早くNICUに連れてって…。心の中で叫んだ。

NICUに運ばれた赤ちゃんには3日間、人工呼吸器が挿管された。

しかし色々あったが、私たちの第2子は母親よりも2週間ほど後に無事退院することができた。

晴れて障がい児と赤ちゃんがいる新生活がはじまったのである。

お母さんはスーパーマンじゃないといけないのか??

経験のある方もいるであろう、ガルガル期。新生児がいても我が家の生活はすべて伊吹を中心に時間が組まれている。そんな我が家は夫の母、つまりは義母と同居をしている。

翌日仕事にしっかり専念してもらうためにも、夜間のケアはすべて私がやっていた。そこに新たに新生児が加われば、それこそもう医療機器のアラーム音と痰の絡む音と新生児の鳴き声の戦場だ。

またこれがタイミングよく伊吹のケアの時に限って次男が泣き出す…。伊吹を待たせて授乳をし、隙を見ては吸引・オムツ替え・体位交換…そして泣き出す次男に授乳…。

いかん、このままじゃ発狂する。

助けてほしいけど2階で寝ている夫と義母を起こすのは忍びない。でも、聞こえん?泣いてる声?ぐるぐると頭の中で葛藤をする。

ある日「夫はほかの家庭の夫よりもよく家のことをしてくれているんだから、もうちょっと休ませてあげて。」と言われた。

なにかが切れる音がした。

その日から2日間、私は夫に伊吹のことも次男のこともさせず、全部一人でやった。もう意地だった。

「気がおかしくなったんじゃないか?」

いい嫁キャンペーン終了のゴングが鳴った。

一つ屋根の下で暮らす以上、言いたいことを言えず暮らすのはこれ以上無理!夫と話し合って決めた伊吹のケア分担。どうにもこうにもしようもない。私だって自分の体を大事にしたい。

自分の意見をできるだけ伝えるようにした。口答えをする嫁の完成だ。結果、年に一度はガチンコでぶつかることが今でもあるが、一緒に買い物や食事、お出かけもする、ほどよい距離感を義母とは築いている、と思う。

これがあの「きょうだい児」というものか

伊吹が一時危篤になった時は、私たちにとって次男を預ける保育園は救世主だった。

在宅介護をしていると、日中の外出なんてできず、児童館ではすでにママグループが構築されている。私には近くに住むママ友がいなかった。しかし、保育園なら同年代の子どもたちと一緒に過ごせる上に、家にいるよりも子どもの成長に絶対いい!そう思っていた。

保育士「日中、次男くんが荒れていて…ご自宅でなにかありましたか?」

3歳の子どもだからあまり伊吹の状況はわからないだろう。そう思っていた私たちは後悔した。伊吹にばかり重きを置いていたことを、小さい体でわかっていた。

次男との時間をきちんと作ろう。両親揃ってお出かけすることは難しいけれど、土日はどちらかが次男を連れていろんなところに出かけよう。健康な次男と行ける場所は、いっぱいあった。

もちろん、伊吹も一緒に家族揃ってのお出かけもいっぱいした。

上野動物園、ディズニーリゾート、近所のお祭り、水族館、温泉旅行、いろんなところにみんなでお出かけをした。

年齢を重ねてくると、次男は伊吹におみやげを買ってくるようになった。

次男「いぶにぃー!みてー!」「いぶにぃにもおかしあげるね。」(口に突っ込む)

話しかける声はとても柔らかくやさしい口調だ。

次男は6歳になるまで伊吹がどうしてベッドの上で生活しているのか、動いたりしゃべったりできないのか聞くことはなかった。

きっと彼の中でこれが当たり前なのかもしれない。

次男にとっての「障がい児」とは「よくわからない」

出かけ先で車いすに乗る子どもを見かければ、ソワソワしだし、近寄っていこうとする。そして、次男は伊吹との「違い」をこっそり耳元で教えてくれるようになった。

伊吹とおでかけをすれば、自分がバギーを押す!(前、前、前!!!)

伊吹がお風呂に入ると、自分も手伝う!(頼むから気切あたりにお湯かけないでー!)

いぶにぃの隣で寝る!(伊吹を踏まないでぇぇぇぇ!!!)

この文章を書くにあたり、小学1年生になった次男に聞いてみた。

―――――――――――――――――――――――――

いぶにぃと一緒に遊んだりできないけど、どう思う?

次男「ん~、しかたないよね!」

いぶにぃがいると、お父さんとお母さん二人そろって次男とお出かけができないけど、どう思ってる?

次男「それはそうでしょ!たまに寂しいけど、いぶにぃも一緒におでかけすればいいんじゃん!」

―――――――――――――――――――――――――

最近とても驚かされたことがある。

次男「おとうさんとおかあさんがいなくなったら僕がいぶにぃをみなくちゃいけないから、いろいろおぼえないとね!」

唖然としつつも「いぶにぃを看るのはお父さんとお母さんのやることだから、次男はいぶにぃのお世話しなくちゃいけないって思わなくていいんだよ。」と答えた

伊吹のことは私たち両親が覚悟を決めて在宅介護を選んだので、次男にその責任を負わせることはしたくない。もちろん、本人が自然な流れでやりだすのなら問題ないのだが、なぜか私たち両親がいなくなった後の心配をしだしたので思わず笑ってしまった。

でも、そんなことを言った次男に心がギュっと苦しくなり、私は思わず抱きしめた。

いぶにぃと仲良くしてくれて、ありがとう。

「わぁ、可愛い!」チャーミングケアで、心のバリアが瞬殺

憂鬱だな、と感じる雨の日に、お気に入りの傘やレインシューズでお出かけしたら心晴れた!

嫌だな、と感じることも、工夫ひとつでポジティブな気持ちになる・・・そんな経験、したことはないだろうか?

 

子どもだって気分転換が必要

私の次女は、福山型先天性筋ジストロフィーという疾患がある。

普段はとても元気に生活しているが、ウィルス感染やちょっとしたことで体調を崩すと入院になることが多々ある。生まれてから8年間、両手の指では足りないくらい入院の回数を経験している。

お家での生活から一変、病院での生活では、痛みを伴う処置があるなど、規制も多く、ストレス度は想像をはるかに超えているはず・・・

 

コミュニケーション方法のほとんどがノンバーバルな娘は、いつもよりワガママになる、甘えん坊になる、無気力になる、など様々な表情・表現方法で『憂鬱』サインを発しているのが分かる。

 

つい最近も喉の痛みから発熱、口から飲食できなくなり入院、という流れになり、10日間の入院生活を送った。

 

入院中は、唾液も一切飲み込まず、垂れ流し状態だったので、ドレススタイルのスタイを常に着用していた。

(スタイにもなるエプロンドレスについて▶ https://041.world/fashion/

よだれかけとしての機能に優れたモノだが、よだれかけに見えず、”かわいいお洋服”なので看護師さんたちは口々に「かわいいお洋服着てるね〜♪」とニコニコで話しかけてくる。次女も嬉しそう。

周りの大人たちが純粋に「かわいい」と褒めてくれることも嬉しいのだろう。

毎朝、次女自らが率先してスタイにもなるエプロンドレスを着用したい!とアピールするように。

憂鬱な気分の時も、自分が着用したものを見て周りがニコニコになることで、それが本人にも伝染し、ベッドの柵の小さな世界で生活している次女の心が少し晴れているようにみえた。

 

次女がオシャレすることで自己肯定感が高まり、目の輝きが増した事実を目の当たりにした瞬間だった。

 

わ〜かわいい!と思うことで、心のバリアを瞬殺

次女が3才のときに、はじめて車椅子を手にしたときのこと。

 

小さな子どもが車椅子に乗っているのを見て『かわいそうに』と口々にする大人が多々いた。

中には、興味津々で車椅子に近寄ってきた子どもに「見ちゃダメ」と遠ざける親御さんも・・・

決して悪気はなく、ジロジロ見るのは失礼よ、という意味合いなのは分かる。

 

しかし、その時の次女の表情を今でも忘れない。

本人にとって車椅子は、やっと手に入れた『自分で好きなところへ行ける移動手段』で、とても誇らしげに操作していたのに、子どもたちが遠ざかった(遠ざけられた)のを機にシュンとなり、その日は一切自分で操作しようとしなかった。

 

そこで、当時5才だった長女が『車椅子をデコりたい!』と言い出した。

 

車椅子にデコレーションをして、かわいくしたい、というのだ。

ステッカーやらスプレーを買ってきて、長女なりにデコレーションをした。

 

結果、『車椅子に乗る』という同じ行動でも、「あ、かわいい♪」という声がけが増え、更には子どもたちも車椅子に乗りたがるようになり、次女も再び「これ、私の車椅子なの♪」と言わんばかりの誇らしげな態度で操作するようになった。

一緒に行動している長女も、なんだか嬉しそうなのが印象的だった。

 

スタイも車椅子の件も、チャーミングケアによって娘が前向きになった事例だと思う。

 

海外での取り組み、ホスピタルアートについて

 

病院内での治療以外のメンタルケアについて、ホスピタルアートに注目したい。

最近放送されたTV番組で、ホスピタルアートについて紹介されていた。

ロンドンのとある公立病院では、病院のアートが治療の手助けになることが明らかになっているという。

ダンスやアート、様々なアートを取り入れたところ、認知症の改善、投薬量の減少、更に、子どもの気を紛らわすアートなどで87%の患者が痛みの軽減を感じ、採血時間も半分以下に短縮するなどの効果もあったとのこと。

 

病院内で過ごす時間も大切な人生の一部であり、せっかくならば、ワクワクする要素がたくさんあって欲しいと願う。

 

writer:加藤さくら


子どもの視点を伝えたい

チャーミングケアは、子どもが子どもらしくいるための治療以外のトータルケアをさすものです。

どんな子どもでも可愛らしさやかっこよさを諦めない外見ケアやメンタルケア、保護者のためのケアなど、子どもの目線を踏まえた上でクローズアップしていけたらいいなと思っています。

みんなのチャーミングケアラボラトリー

 

大人が思っている以上に、子どもは「人」なんだ vol2

チャーミングケアという、病気や障害のあるどんな子どもにも、子どもらしくいるための外見ケアやメンタルケアなどの重要性を推奨・啓蒙しているチャーミングケアラボの石嶋です。

 

子どもの視点で患者のキモチを語ってみた

以前ハフポストで

大人が思っている以上に、子どもは人なんだ

という記事を書いた。

この記事をもとに製薬会社さんの社内研修として親子で講演をさせていただく機会をいただいた。

 

たまたま息子の代休が重なり、患者の視点(子ども視点)からお話をさせていただいたのだが、話し手にとっても聞き手にとってもお互いにとてもいい時間だった。

 

わたしたち親子のように、子どもの視点を大切にしている人物がいる。

今回、チャーミングケアラボに寄稿してくれた加藤さくらさんだ。

 

加藤さんには筋ジストロフィーの娘さんがいる。とても愛嬌のあるキュートなお子さんだ。

初めて加藤さんにお会いした時、名刺を3枚渡された。

実を言うとわたしも名刺を2枚持っているので、上には上がいるもんだと思ったのが初めての印象だった。

 

加藤さんの関わっているプロジェクトをいくつか紹介するならば、一つはデジリハ

子どもの視点とデジタルアートで小児医療・療養を革新するというものでデジタルアートを用いたリハビリテーションを展開している。

 

そしてもう一つは、041 というひとりを起点に新しいファッションを作るという、ユナイテッドアローズとコラボしたプロジェクトだ。

 

この041 を医療雑誌に掲載するためにお話を聞いたのが、彼女にお話を伺いコンタクトを取るようになったきっかけだ。

 

お話を伺った時に感じたのは、彼女の何かをする動機が「そこに笑顔が生まれるかどうか?」というところな気がした。

 

その動機にわたしはすごく共感し、彼女のその感覚はきっとチャーミングケアを語ってもらうにはぴったりなのではなかろうかと、今回彼女なりのチャーミングケアについて書いてもらえないかとオファーをしたのだ。

 

「可愛い」が自己肯定感を高める?

彼女の書いてくれた記事に登場するのが、041 で彼女が携わったエプロンスタイだ。

 

「わぁ、可愛い!」チャーミングケアで、心のバリアが瞬殺  加藤さくら 

 

入院中に娘さんが率先してスタイにもなるエプロンドレスを着用したい!とアピールするようになり、憂鬱な気分が少し晴れているように見えたのだそう。

 

“次女がオシャレすることで自己肯定感が高まり、目の輝きが増した事実を目の当たりにした瞬間だった。”

 

と文中にあるように、子どもにとって自己肯定感がとても重要であることは、わたしも息子の闘病中に感じた。

 

そして、その自己肯定感に関してはそばにいる家族がフォローしていくことがほとんどであり、それが時にはきょうだいであったりする場合もある。

ここであえて「きょうだい」とひらがなで書いたのには訳がある。

病気や障害のある子の兄弟姉妹のことを「きょうだい」と表現するのだ。

 

きょうだいはきょうだいなりに色々と思うところはあるのだろうけれど、彼ら彼女らの活躍は非常に家族にとって大きいものである場合が多い。

 

加藤さんの記事では、車椅子をデコりたい!と言ったお姉ちゃんの気持ちはどんな気持ちからだったのだろうか?

その部分を注目して読んでいただけたらと思う。

 

子どもの外見上の変化に伴うメンタルのケアに関しては、成人分野と違ってほとんどスポットを浴びていない。

 

しかし、子どもも人。

 

大人に外見ケアが有効で必要なように、子どもにだってチャーミングケアはきっと必要なのではなかろうかとわたしは感じる。

 

「わぁ、可愛い!」チャーミングケアで、心のバリアが瞬殺 加藤さくら ”


子どもの視点を伝えたい

チャーミングケアは、子どもが子どもらしくいるための治療以外のトータルケアをさすものです。

どんな子どもでも可愛らしさやかっこよさを諦めない外見ケアやメンタルケア、保護者のためのケアなど、子どもの目線を踏まえた上でクローズアップしていけたらいいなと思っています。

みんなのチャーミングケアラボラトリー

 

大人が思っている以上に、子どもは「人」なんだ

わたしの息子は小児白血病に罹患し、約1年間入院での闘病生活を送った。わたしもその傍らに泊まり込み、約1年間の付き添い生活を送ったことがきっかけとなり「チャーミングケア」の重要性に気がついた。

成人分野の場合「アピアランスケア」といって、がんなどの治療で起こる外見上の変化へのケアや治療中のメンタルケアも重要だという考え方は、近年推奨されだしてきている話だけれど、それでもまだ当事者以外の人は知らない人も多いのではないだろうか?

とはいえ「アピアランスケア」は、医療者発信で始まっていることもありガイドラインもできており、ある程度認知の土壌のある考え方だ。

しかし、わたしが推奨・啓蒙しようとしている「チャーミングケア」は、がんだけに関わらず病気や障害のある子どもや医療的ケアの必要な子どもたちの、外見的なケアであったり、メンタルケアであったり、そこに寄り添う保護者のためのケアであったりを総称したケアで、今までは「名もなき家族看護」として存在してきたもので名前すらなかった概念だ。

もちろんこれといって定義されているものではなく、ぼんやりとみんながそれぞれに思い描いてきたことや、暗黙の了解的に親が担ってきた看護的役割をさしている。

それをどうやって言語化し、人に伝えていけばいいのか?4月にチャーミングケアラボを立ち上げてからずっと考えていた。

そこで最近、一つの糸口が見えてきた。

たくさんの人の経験をそれぞれの言葉で書いて貰えばいいのではないか?というとてもシンプルなものだ。

一見、普通の闘病記となんら変わらない気がするが、1つだけリクエストをしているのは、話の中に必ず「子どもの視点」を入れて欲しいというところだ。

当事者家族といえども、どうしても大人が書き手になるので、大人の目線で話が進んでしまいがちになる。

だけど、物語の中にはもちろん当事者の子どもも登場するし、そのきょうだいだって登場する。

色々な出来事があった時、子どもたちはどのような反応でどのような言動をしたのか?

そこに注目して、それぞれのストーリーを言語化して欲しいと何人かの人にお願いをしている。

書いてもらうに当たって、わたしがまず言語化しないことにはなんのことかわからないので、少しずつ記憶を辿りながら書いていこうと思う。

3ヶ月間、子どもに伝えなかった病気の話

わたしの息子が白血病になった時、その事実を息子にはすぐには伝えなかった。

正確にいうと伝えられなかった。

もちろん告知は主治医からされる。

病名や治療方針などは親にきちんと説明を受ける。

もう少し年齢が上だったりしたら、本人も一緒にその話を聞いたのかもしれないけれど、わたしの息子は当時小学2年生。

うちの子に受け止められるのだろうか?まずわたしがそう思った。

結果、主治医もわたしも病名や先の話は、しばらくしないでおこうという方針で一致した。

息子は入院当初、「入院」して治療をしないといけないということ自体納得していなかったので、その日その日の調子が良ければ

「なぁ、オレいつ家に帰れるの?」

と聞いてきていた。

そして、普段はそんなに人見知りな方ではなかったのに、とにかく看護師さんに攻撃的。

体重を毎日計らないといけないのに、

「は?測りたくないし。昨日測ったやん。なんで毎日測らなあかんのか意味がわからん」

と毒づいたりしていた。

その態度はどんどん日を追うごとにエスカレートしていき、一番困ったのが院内学級だった。

息子は、入院して3ヶ月間ほとんど院内学級に行っていない。

ベッドサイド学習と言われる、病院にいる院内学級の先生が病室のベッドサイドまで出向いてくれて、そこで簡単な授業をするというスタイルでしか授業が成り立たなかったのだ。

ベッドサイドといえどほとんど聞いていないし、

「オレの居場所はここじゃないから。あんたはオレの先生じゃない。」

と先生に暴言を吐く始末。

ちょっとしたヤンキーだった。

きわめつけは、眼科検診だった。

ステロイドという薬を投与すると、どうも眼圧が上がるようで、目が見えにくいと訴えだした。

万が一のことがあるので、眼科検診をするように主治医に言われ院内の眼科に行くも、検査で指された方向に対して答えない。

何度か説得されると泣き出して

「なんでそんなもん答えなあかんねん。そんなもんどっちでもいい!」

と言って、結局計測不能になった。

よく2歳児とかがなる「イヤイヤ期」の絶頂が10倍くらいになって再来したような感覚だった。

3人の男の子を育ててきているので、大概メンタルは強い方だと思っていたわたしも、さすがにしんどかったし何よりも「こりゃこのままじゃいかんな」と感じていた。

そんな時、息子が不意に

「なぁ、子どもでもがんになるの?ならんよな?」

とわたしに質問してきた。

「なんでそんなこと聞くの?」

と聞くと

「え?◯◯ちゃんのお母さんが言っててん。◯◯ちゃんはがんなんやって。オレはそんなん嘘やって言ったんやけどな、がんって大人だけがなるんやんな?」

と言ったのだ。

どうやら大部屋になった時に、他の保護者の人と話をしたようで、そういう話を聞いてきたようだった。

それより以前に、息子の態度をどうにかしなきゃとチャイルドライフスペシャリストさんに告知に関しては相談はしたりしていた。

チャイルドライフスペシャリストとは、病院に常駐している子どもへのサポーターのような役割をしている人で、そういった心のケアなどを介助してくれる存在だ。

しかし息子の場合は、そもそも病院の関係者にはヤンキーだったので何か積極的にお願いをすることは難しそうな雰囲気だった。

タイミングかなぁとわたしは思った。

聞かれたタイミングで、わたしは息子に話をすることにした。

息子が入院する1年前に、わたしの父が肝臓がんで亡くなっている。

息子はそれを知っているし、最後の看取りもしている。がん=亡くなってしまう病気だという認識はあるのだ。

なので、部分的ではなくわたしの知りうるすべての知識を息子に話した。

息子は時にはびっくりしたり、悲しい表情になったり、質問したりしながらも、しっかりとその話を聞いていた。

最後に、治療に関していろんなことが嫌だと毎日言っているけど、どうする?とわたしは聞いた。

別にここで治療を止めるのも一つの選択肢だと。

それはあなたの人生なんだから好きにしたらいい。だけど、わたしはあなたの親だし、生かす義務があると思っていて、生きて欲しいから、そのためにここに一緒に泊まり込んでるという話をしたら

「そうやな。そら・・・(治療)やらなあかんな。やるわ。」

とポツリと答えた。

そこから息子のイヤイヤ期がピタリと止まった。

別人じゃないかと思うほどに、治療に対しては文句を言わなくなり、ずっと3ヶ月ゲームだけをし続けてきたのだけれど、夏休みの宿題をしようかなと言い出したのだ。

しかし、3ヶ月も全く勉強をストップしていると、わからないところがわからない状態でどうしていいか戸惑っていた。

そこで、夏休みの課題の中に「いのちの繋がり」という短い作文を書くものがあったので、それを書くように薦めた。

はじめは嫌がっていたけれど、

「今のあんただからこそ書ける文章があるから書いてみ」

というと、渋々汚い字で書き始め、何度かブラッシュアップして出来上がったのがこの作文だ。

『いのちをだいじに』                        

五月、ぼくは病気になりました。

でも病気のことは、わかりませんでした。

こんな大きな病院で治療をするんだと、とてもしんどかった。

髪の毛がぬけて、髪の毛ぬけて笑われへんかな?

じぶんの命は大丈夫か?

と思いました。

まだ、ちょっとしか生きてないな。

病気を早く治そうと思いました。

大きな病気になると、死ぬ場合もあるから命をだいじにしてください。

わたしは、凄いと思った。

こんなに小さくても、ちゃんと自分に起こっていることを理解しているし、治療に対してそれなりに納得しているんだなと感じた。

そして、親のわたしが思っている以上に子どもって「人」なんだなと感じた。

子どもだけどちゃんと「人」で、ちゃんといろんな思考があるんだなぁとわたしはその時気づいた。

わたしのした告知の方法が、正しい方法だとは思わない。

きっとそれぞれの家庭環境があって、それぞれの人間関係があるのだと思うし、子どもによって受け止め方も様々だと理解している。

ただ1つ思うのは、子どもにだって意見があるんじゃないのか?ということだ。

まだ小さいからとか、子どものうちは親に責任があるからとか・・・

大人サイドでブレーキを踏んで重い話を全てシャットアウトしてしまうのではなくて、子どもにもその子に合った形で意見を聞いたり対話をした方が、いいのではないかとわたしは思うのだ。

きっとそれが、その子やその家族にとってのメンタルケアにも繋がるのだろうし、そういうことがきっと「チャーミングケア」の一つの形なんじゃないかなとわたしは感じている。

子どもの視点を伝えたい

チャーミングケアは、子どもが子どもらしくいるための治療以外のトータルケアをさすものです。

今回取り上げたメンタルケアだけではなく、どんな子どもでも可愛らしさやかっこよさを諦めない外見ケアなどの話も、子どもの目線を踏まえた上でクローズアップしていけたらいいなと思っています。

みんなのチャーミングケアラボラトリー